居住者インタビュー

新発見につながったフランスでの研究と日本館滞在

北海道大学 先端生命科学研究院  博士研究員 ESPCI-Paris(パリ市立工業物理化学高等専門大学) 木山竜二さん(33歳)

ゴムやゲル(ゼリー)は私たちの生活に身近な素材ですが、電子顕微鏡でどれだけ拡大しても、その構造が「ぼんやり」としか見えないという難点がありました。パリ国際大学都市日本館に滞在する博士研究員の木山竜二さんは2024年秋、ゴムの分子構造をはっきりととらえることに世界で初めて成功しました。フランスでの研究生活が、発見に導いてくれたと言います。

――ゴムやゲルは身近な存在なのに、まだ「謎」を秘めていたことに驚きました。

ゴムやゲルが柔らかいのは、とても小さな網目状分子でできていて、しかも常に激しくふるえているからです。その特性ゆえに、小さなサイズの構造をとらえることが困難でした。フランスが誇る偉大な科学者であり、ゴムを含む様々な分野の研究の理論的基礎を作ったドジャン(1991年ノーベル物理学賞)は、細部がとらえきれない性質を逆手にとり、印象派絵画のように大胆に詳細を省いた理論で本質をとらえようと「印象派物理学」を名乗りました。ですが、近年は小さなサイズの構造の重要性が明らかになるに従い、「やっぱりもうそろそろ、ちゃんと見よう」という機運が高まり、さまざまな方法が試されてきました。私がたどりついたのは、動き回る網目分子を「やさしく固定する」という方法です。観察したい網目分子により目の小さな網目分子を差し入れて、その網目の中でしかふるえないようにしたのです。その上で、ナノ粒子を付着させて観察できるようにしました。2023年に北海道大の研究室で、ゲルでこの方法を成功させました。さらに、ゲルより応用範囲の広いゴムでの観察に挑戦しようとESPCI-Paris(=パリ市立工業物理化学高等専門大学)での海外研究を決めました。タイヤメーカーの「ミシュラン」が知られているように、フランスはゴム研究では世界でトップクラスの専門性があります。その知見を得ながら、ゴムでも構造観察に成功しました。共同研究先の教授に画像を見せると、初めに「おお」とうなり、「すごい」と言って質問攻めにされました。新たな観察手法ができたことで、今まで手に入らなかった情報がわかる可能性が広がりました。今もこの手法を使って新たな課題に挑んでいます。

――日仏の研究文化の違いなどで気づいたことはありますか。

所属する研究室は実用性を重視して「社会に役立つ人材を育てる」という意識が強いと感じます。例えば、企業は開発で困りごとがあればすぐに大学の研究者に相談し、資金も出して産学一体となって明らかにする――という流れがあります。その為、純粋な学術研究が盛んな日本と比べて、フランスでは企業との共同研究が多いです。研究との向き合い方も違っていて、日本人の研究者はわりと真面目な人が多い印象ですが、フランスの方々は遊びや旅行も大好きでもっと軽やかです。研究室の同僚達が長く休みを取るため、いっそ「私も」と夏休みはボルドーに出掛け、気分転換しました。私が籍を置くソフトマター研究室では、学生や博士研究員ら20〜30人が在籍し、同じくらいの人数の教員が所属しています。ゴムやゲルのほか、液体や摩擦などを研究する人たちが行き交います。研究者の国籍も欧州各国や中国、インドやタイなど幅広いです。研究室に行けばさまざまな分野のエキスパートと出会える環境は刺激的です。

――滞在先としての日本館の魅力は何でしょうか。

2024年春から2年間の予定で滞在しています。日本館には自然科学から人文、芸術までさまざまな分野の研究者が滞在しています。研究者にとって、専門と異なる分野の人から話を聞くことは、本当に大切だと思っています。日本館では居住者が自分の研究内容を紹介するセミナーが定期的に開かれています。私は天文学の研究者さんと「見えない世界」を研究対象とすることのおもしろさについて、意気投合しました。セミナーを通じて、異なる分野の研究者が自分の発表のどんな点に興味を持つのかも知ることができます。近い領域の人とだけ接していると、どうしても同じようなアイデアになってしまいがちです。ですが、本当に革新的な発見は、既存の枠内での知識や情報の積み重ねの上には生まれません。他の領域の知見と掛け合わせ、実験を繰り返した末に生み出されるものだと思います。留学先の研究室や日本館での生活は、日々の交流の中から新しい発見が生まれる可能性にあふれた環境だと思います。

(取材日 2025年1月25日)


「コミテ」で広がった世界の学生たちとの交流
Sciences Po Paris (パリ政治学院) 修士課程2年
牧 桜子さん(24歳)
北海道大法学部を卒業後、パリ政治学院の修士課程で国際関係論を学んでいます。
シンクタンクでインターンをしつつ学業に励む多忙な日々ですが、日本館の自治組
織「居住者委員会(コミテ)」で委員長も務めました。交流の場作りを通じて、「自分自身の視野も広がった」と話します。


――日本館のコミテは、どんな活動をしていますか。


立候補者に対する信任投票を経てメンバーが決まり、任期は9月からの約1年間です。2025年度にはコミテの7人のメンバーで話し合い、委員長を務めました。コミテではまず、居住者の交流を深めてもらおうと、新たに機器を導入してカラオケ・パーティを企画しました。カラオケは日本発祥の文化でもあります。日本のポップカルチャーに詳しい人も、そうでない人も、一緒にマイクを握って盛り上がりました。好評だったので、その後も定期的に開催しています。また、「シテ祭」と呼ばれる国際大学都市(シテ)全体のイベントでは、フランスでも人気がある抹茶を使ったラテや和菓子を訪れた人たちに振る舞いました。さらに、各館のコミテ委員長が集まる会合に出席し、「世界の若者がともに学び、平和を構築する」という国際大学都市の理念に触れ、日本について発信する責任を新たにしました。


―コミテを通じて、交流が広がりましたね。


「日本館」は、居住者のおよそ半分が日本以外の国籍の学生や研究者です。文化や言語、研究分野など異なる背景を持つ人たちと日常的に接することができる点は、日本館の大きな魅力です。さらに、シテの敷地は広い公園のようになっていて、地元の人たちも散歩や見学に訪れる、開かれた場所です。とりわけ日本館は城を模した特徴的な外観で、人々の注目が集まります。コミテで企画したイベントを通じて、居住者や他館の学生・研究者たち、さらに地元に住む人たちと日本との接点もでき、良い循環を作ることができたように感じます。


――パリ政治学院では、どんな研究をしていますか?


安全保障問題の分析手法を学んでいます。学部時代から米総領事館や国連などでインターンをする機会に恵まれ、この分野に関心を持ちました。フランスでは日本からは見えにくい、アフリカと欧州の関係なども鮮明に見えてきて充実しています。研究活動の一環で、フランス国際関係研究所(Ifri)でインターンを経験しました。フランス語と英語の両方を使いながら、会議録の作成や資料収集などに取り組みました。また、フランスではお昼休みは同僚たちがみんなで一緒に食べるというスタイルが一般的なのですが、そういった機会に積極的に足を運び、フランスの「オフィス文化」に馴染むように心掛けました。将来は企業のリスクマネジメントに関わるコンサルタントを目指し、地政学リスクのビジネスへの影響や安全管理について知識を深めていきたいと思っています。