Maison du Japon

日 本 館 案 内
Maison du Japon

パリ国際大学都市

パリ国際大学都市 パリ南端第 14 区に位置するパリ国際大学都市(Cité Internationale Universitaire du Paris)は、1925 年にフランスの文部大臣アンドレ・オノラ氏の提唱によって創設された、パリ大学をはじめとする首都圏の高等教育機関や研究機関に在籍する世界各国の学生や研究者に宿舎を提供し、あわせて文化・学術の交流を推進することを目的とした学術施設です。

 シャルル・ドゴール国際空港と直結しているパリ郊外鉄道 (RER) の B 線の「大学都市」駅(Cité Universitaire)の正面に見える「パリ国際大学都市」(CIUP) 本部建物には、中央図書館、劇場、室内プール、レストラン、銀行、郵便局などが設けられており、これを囲むように 40 の建物が 34ヘクタールという広大な敷地の中に散在しています。

 これらはすべて学生や研究者の宿舎ですが、そのうち 18 館は大学都市本部が直轄しており、残りの 22 館が各国の政府や財団、あるいはフランス国内の教育・研究機関の直轄のもとに運営される非直轄館となっています。

 日本館はアメリカ館、ハインリッヒ・ハイネ (ドイツ) 館、スイス館、インド館、イタリア館、スペイン館などとともに、政府管掌の非直轄館の一つです。特にこれらの外国館はそれぞれのお国がらを示すユニークな建築様式を誇っており、大学都市全体がパリ名所の一つとなっています。

 パリ国際大学都市には約 5,500 人の学生や研究者が居住しており、その出身国の数は 130 以上におよんでいます。ヨーロッパ諸国の出身者が全体の 60% を占めており、地元のフランス人学生・研究者だけで 1,800 人以上が居住しています。それぞれの館は自国出身の居住者を全体の 70% 以下におさえ、残りは他国の学生・研究者を採用し、居住者同士の国際交流を促すようにしています。

 

 

日本館の歴史

外観 日本館(Maison du Japon)の正式名称は「パリ国際大学都市日本館ー薩摩財団」といいます。この名称は 1920 年代後半に当時駐日フランス大使だった詩人・劇作家のポール・クローデルによる日本館建設提唱にたいして、日本人実業家の薩摩治郎八氏が 350 万フラン (当時) の私財を投じてこれを建築し、大学都市に寄贈したことに由来しています。なお日本館は日本政府の予算によって二度にわたって全面的な改修工事を行ない、内装・外装ともに面目を一新しました。

 日本館日本古来の城廓を模した地上 7 階・半地下 1 階の建物は、フランス人建築家ピエール・サルドゥーが設計したもので、1929 年 5 月に当時のフランス大統領などの臨席のもとに竣工式が行われています。館の周囲は 1825 平米におよぶ日本庭園となっており、日本館の建物とあいまって大学都市の一遇に日本的な雰囲気を醸しだしています。

 

 

 

 

 

 

 

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